京・島原に5人目の太夫が誕生。

0
662
太夫

いささか古びた話になるが、50年ぶりに京都の花街復活をめざす島原に「太夫」が誕生した、という話題が京の花街を巡った。その名は「葵太夫(あおいたゆう)」(写真)という。
2014年11月26日、禿(かむろ・太夫の身の回りを世話する おつきの童女)、振袖太夫(ふりそでたゆう・太夫の見習い、芸妓に対する舞妓のようなもの)の修行を経て誕生。現在、島原で活動する太夫としては5人目である。

そもそも太夫というのは、豊臣秀吉が、都を活性化するためにつくったとされている。とくに島原は江戸時代に栄えた花街で、いまでいう夜のテーマパークのような存在だったようだ。町人商人はもちろんだが、武家や公家さんたちも散在したようだ。

そこの最大の人気キャラクターで高嶺の華的存在が太夫である。歌舞、茶道、華道、俳諧などの多彩な芸と豊かな教養を持つ芸妓の最高位として、当時は大人気を博したといわれている。
ここで、少し太夫の説明をすると、よく混同されているのが「花魁(おいらん)」である。江戸時代から太夫と花魁は一緒にされてきたようだが、大きな違いは「職業」である。花魁は “春” を商売にしているのに対し、太夫は “芸” をおもてなしにしたサービス業である。その誇りがいまの京都の花街を支えているといっても過言ではない。
そして、衣装の特徴として、短い袖の豪華な打ち掛けに嶋原結びの帯といういで立ちが独特の太夫の雰囲気を醸し出す。この結びは、漢字の「心」を表している。手は、必ず帯の下に入れ、帯の上には出さないという。手を出すと、心を隠すことになるからというのが理由のようである。

葵太夫2

若々しい葵太夫独特の艶深さに惹かれる老若男女は多いようである。年に何回かはイベントがあるようなので、実際に出向いてみると江戸時代にタイムスリップするかもしれない。

レポート / 渡邉雄二 写真 / 小財郁男氏撮影